【主張】 四・六外務省包囲デモ・全関西京都集会の成功を
六・九文化人・学生集会、社・共・総評民主団体の統一闘争を実現しよう!
(1) 立ち遅れていた日本の学生運動は、アメリカの北爆再開を契機として、その不死鳥の如き生命力をよみがえらせ、新らたな昂揚局面を迎えようとしている。
5・20、21全国学生統一行動には、東大教養の全日ストを皮切りに、幾多の大学半日スト、授業辞退が行われ、激しい雨の中を、東京六千名、関西四千名の学友が結集した。
これまでの地方性、分散性、不均等性は克服され、統一した全国的政治闘争に向いつつある。
だが、20,21闘争は、北爆反対=アメリカ帝国主義への抗議闘争である。既に指摘したように、日本人民の特殊な任務は、アメリカのアジア政策の最強の同盟者である日本政府の犯罪性を暴露し、対政府闘争を目的意識的に追求することである。
すなわち日本でのベトナムム闘争は、アメリカへの抗議と同時に、対政府闘争としてベトナム=日韓闘争として、深化発展させなければならない。そのためのクラス討議の徹底--これが残された第一の課題である。
今一つ注目すべきは、私設「全学連」と「原潜日韓共闘会議」の二つの集会、二つのデモが行われたということである。東京では、20,21日別個に、関西では、同じ日に、同じ場所で。極端な例は大阪である。中之島公園で同じ時刻に二つの集会が行われ、大阪府学連の再三再四の呼びかけにもかかわらず。第二府学連(=民青)の諸君はそれを拒否した。
大阪府学連千五首名の集会に対して、何故に三百名で別個の集会をもたなければならないのであろうか。かかる分裂という不幸な事態を克服しベトナム・日韓の統一闘争を実現すること!これが残された第二の課題である。
(2)「日韓懸案の協定文作
成のための実務者間の折衡は五月末までに終り、従って正式調印は六月初めになろう。漁業問題が手間どっているがこれも深刻な対立をみせているのではない。」 (李東元外務部長官の記者会見)にみられるように、日韓調印は、日韓支配層の予定通りのスケジュールの下に着々と進められている。
「他の民族を抑圧する民族は自由であり得ない」。いま必要なことは、社会主義世界体制と民族解放運動と帝国主義国の平和運動との強固な同盟をきずくことである。
再び抑圧国として登場しょうとしている日本帝国主義とその代弁者=佐藤政府へ砲火を集中せよ!
佐藤政府は原潜寄港承認を皮切りに、アメリカのベトナム侵略戦争支持、日韓会談促進等反動的対外政策を強行している。国内においても、吹原事件、山陽特殊鋼、山一証券問題等その破綻は明確になっている。
だが佐藤はのうのうと政権の座にいすわりつづけ、しかも反動=佐藤色を明確に打ち出す内閣改造を行なおうとしている。われわれは佐藤内閣の引責総辞職を要求する。
(3) 六月上旬日韓調印へむけて、労働者、市民、文化人学生等の闘いを包括し統一した全国的反政府闘争を組織しなければならない。そのため学生戦線は先進的役割を担わなければならないし、また担うことができる。
われわれは5・20,21闘争の成果の上に、六・四−首都における外務省包囲一万名デモ、関西における一万名の全開西京都集会を提起する。六・四は、真の全国学生統一行動として闘われなくてはならないし、民青「全学連」の諸君に、心から統一闘争を呼びかける。
六・四は、六・九各地域での文化人、学生集会−社会党、共産党、総評、中立労連民主団体の統一闘争(「一日共闘」)へ集約され、全平和勢力の大きは統一を実現する武器とならなければならない。
八日臨時国会へむけて、「一日共闘」は、ベトナム、日韓闘争の強力な恒常的な共闘実現への契機とする必要がある。実現しうるかどうかは一に下からの運動の盛り上りいかんにかかっている。
社、共の統一統一の実現を前にして学生戦線は、二つの六月都学連結成、=二つの全学連へ、一部指導部によって恣意的にねじまげられようとしている。二つの都学連結成は、分裂を固定化、拡大し統一を永久に遠のかせることしかもたらさないであろう。
原潜二度寄港に直ちに抗議行動を!
ベトナム、日韓で統一闘争を実現しょう!
二つの都学連結成を断固阻止し、一都学連再建をかちとろう。
京都、大阪府学連の統一を断固擁護し、第二府学連を粉砕しょう!
統一全国自治会代表者会議による統一した全学連を!
5・20,21統一行動圧倒的に成功---東京関西で一万人決起---
原潜三たび寄港 直ちに抗議行動を
全世界の反対と抗議の嵐の中で、米帝国主義は一時的にべトナム北爆を中止するという欺瞞的態度をとったが、その再開後は、一層狂暴さを増し、ドミニカにおいても侵略政策を露骨に出している。しかし国際的世論は日増しに強くなり、全米科学者討論集会の開催、OAS加盟国ボリビア、コロンビアでは自国政府の戦争協力に抗議行動が広範に行なわれている。
一方、佐藤政府は、日韓会談早期調印で米国に加担し、米国の戦争政策に積極的支持を表明した。
国内における、全国的統一行動がない中で、五月二〇日、二十一日、全国学生統一行動が行なわれ、東京六千、関西四千名の学友を中心として、全国の学生が決起し、高揚のきざしをみせている。
この行動をふまえ、関西学協から、六・四行動が撞起されたが、まだ全学友を包含することができず、分裂した行勒が固定化している現在、なおも徹底的なクラス討論による根こそぎ動員と、それに支えられた、全学生の統一した行動が要望されている。
又、二十五日、三度原潜スヌック号が佐世保に入港した。今すぐ強力な抗議行動が必要とされる。
<千五首名がプラカードデモ展開--大阪府学連--->
全国学生統一行動日の五月二十日、大阪では府学連の下「米のベトナムにおける北爆、北進反対、即時撤退要求、日韓会談阻止」のスローガンを掲げ、雨中千五首名の学友が中之島公園で府学連集会を行ない、難波までデモ行進した。
阪大八百名、市大二百名、学大工大各々百名、を中心とし、外大、府大、関大などをあわせ、中之島に結集した千五百名の学友は、現在の状勢に対応するには、なによりも学生の統一した行動の必要性を確認した。
しかし、平民「第二府学連」は再度の統一の呼びかけにもかかわらず、場所を変え三者名で分裂集会をもった。この行動に対し学生は府学連、全学連があるのは学生の利益を守るためではないのか。」「自治会民主主義を何んと考えているのだろう。」「こんな重要な段階で、分裂した行動をするのはもってのほかだ。」 「どちらの府学連という問題ではない。日韓会談を粉砕するには、まず行動を統一しなければだめだ。」等の激しい抗議の声があがっていた。
集会後、雨のふりしきるなかを傘もささず、学生の大半がプラカードを持った巨大なプラカードデモが展開された。途中、官憲からの度重なる挑発があったが、全学生はずぶぬれになりながら、整然としたデモを続け、シェープレヒコール、ビラ、プラカードで市民、労働者に、米の戦争政策、佐藤政府の協力、日韓会談の本質を訴え、六月四日の全関西学生統一行動を早急に各クラスで、自治会で準備することをちかい、難波で解散した。
【東京都】首都の運動高揚のきざし---だが分裂した二つの行動---
全国学生統一行動日の五月二十日、二十一日東京において分裂した行動であったけれども、「米国のベトナム侵略反対、北爆北進即時中止、米軍のベトナムからの撤退、日本政府の加担反対、日韓会談粉砕」のための集会、デモが行なわれた。
二十日、「全学連」の呼びかけで第四波統一行動がもたれ、三千名の学生が平和を守るために決起した。
又、二十一日には、「都学連再建準備会」により、東大Cの大管法以来の全日ストを含む、東医歯大、東工大のストを中心とし、二千五百名の学生がベトナムに平和をもたらし、日韓会談を阻止するために行動を超した。
しかし、この分裂と混迷の状況の下で、今後統一した行動を展開し、都学連を再建し、首都の学生運動を圧倒的な規模で成功させるのは、非常に困難であることを考えさせられた。
【京都府学連】八百名 先進的に闘う
「アメリカ帝国主義のベトナム侵略反対、日韓条約批准阻止」を主要スローガンとする、五・二〇全国学生統一行動の一かんとして、京都では府学連続一行動としてもたれ、雨中にもかかわらず、約八百名の学友が参加した。民青はこの日も独自集会をうたい、府学連
に参加しないことを明らかにした。
その中で立命大では、自治会の多数の決定に拘束きれず分裂行動をとる方針を決めた日共(代々木〉京都府委員会の決定が、学友会の手で暴露され、大衆的な憤激をかっている。
京大では、さきに主流派執行部=プンドの提起した五・二八闘争を否決したあとをうけて何ら明確な闘争の展望を自治会執行部がうちだすことのできぬ中で民学同京都府委員会は、ベトナム闘争を日韓間題と結びつけ、民主勢力の統一行動をおしすすめつつクラス闘争委員会を強化することを呼びかけ、六月四日関西学生統一行動を呼びかけている。
またこの日の統一行動を組織する中で、立命大を始めとするきまざまな異なった潮流との行動の統一も、大きく前進した。 |